実験科学の階段を登るには、今の自分を知り、次の目標を持つのが有効

研究室に入ったら、皆さんは、毎日実験を行い、実験ノートを書いて過ごすことになります。でも、ただそれをしていれば、化学の研究開発を行うに足る知識や経験が身につくかというと、そんなことはありません。ただひたすら指示通りに実験作業をテキパキとこなし、データを整える。もちろん、それができれば素晴らしいのですが、それだけでは、プログラムされた実験ロボットのようなものです。作業者としていくら優れていても、研究開発者にはなれません。

研究室に入ったら、
ただ作業することに意味は無い。研究をしなくてはいけないのだ。
と肝に命じてください。

とはいえ、学部4年生で研究室に配属されて、すぐに研究をバリバリするなんて土台無理な話で、それができるなら、大学要らないよ!っていうくらいのものですから、心配することはありません。

まずは、実験科学者としての、発達段階を考えましょう。
そして、自分がどの段階に到達していて、次の段階に進むために何を訓練しなくてはいけないかを意識するだけで、毎日の実験が、ただの作業ではなくなります。

では、どういうステップを踏んで、みなさんは、実験科学者へと成長していくのか、
高口研では、先輩と後輩がチームを作って研究を進めていますが、その先輩の役割とともに以下に記載しますので、イメージを掴んでください。

【実験研究の5段階(&いつまでにの目安)】

第一段階>実験を楽しむことができる。例えば、何が起こるか予想して、ワクワクしながら結果を楽しみに実験することができる。(B3)

第二段階>言われたことを、言われたとおりにできる。例えば、論文の実験項を見て、その通りに実験し、同じ結果を得ることができる。(B4)

第三段階>実験が上手く行かない時、次に何をすべきか考えて、次の一手を打てる。例えば、実験結果を考察し、仮説を立て、それを確かめる実験を自分で考えることができる。(M1)

第四段階>テーマを与えられれば、自分一人でゴールまでたどり着くことができる。例えば、研究をスタートした時の予想と異なる結果が得られたとしても、それを発見へとつなげ、なぜそういう結果になったのかを含めて新しいゴールへとたどり着くことができる。(M2)

第五段階>研究のテーマを考えることができる。例えば、どうしても確かめたい何かを持ち、それを、どうやって確かめ、どのような論文にまとめるかについて明確なイメージを作った上で実験計画を立てることができる。(D1)

【階段を登るペースは人それぞれ】

大切なことは、自分は、今、どの段階なのかを認識し、次に、どこを目指すのかを理解することです。いつまでにというのはあくまでも目安で、一足飛びに階段を登ることはできませんから、自分にできているのは何処までかをまず確認し、次のステップへ向けて試行錯誤を繰り返すようにしてください。もちろん、すぐに次のステップをクリアすることできないだろうと思いますし、クリアできない理由も、人それぞれです。勉強が足りないタイプの人もいれば、実験技術が未熟な人もいます。NMRスペクトルを読む力が無いだけで、随分と遠回りしてしまう人、実験ノートが雑なために、どこで失敗したのかも判然としない人、様々です。次のステップのクリアを目指して試行錯誤するうちに、自分の弱点が見つかれば、しめたものです。そこを補強しさえすれば、次のステップへと進むことができるのです。

もし、あなたが、研究チームで、後輩の面倒を見る立場だったら、後輩が、いま、どの段階に居るのかを確認した上で、それを後輩に指摘してあげる必要があります。その上で、後輩が一人で努力すべきところと、一緒にする必用があるところを一緒に考え、共通認識の上に立って面倒を見てあげて下さい。例えば、もし、後輩が、まだ実験項の通りに実験し、論文と同じ結果を出すことのできない状態(第一〜第二段階)であったとすれば、少なくても一度は、一緒に実験項を読み、実験方法を確認した上で、実際に一緒に実験してあげないと、上手くいくはずがありません。実験項を読む力が不足しているのか、実験技術が不足しているのか、一緒に行わないと気づかないことが沢山有るからです。一度、それをやってあげた上で、次は一人でやって見てくださいと言ってあげれば、徐々に、第二段階をクリアできるようになるでしょう。そして、その時、第三段階の目標である、実験が上手く行かない時に、次の一手を考えることを要求するのは無理があります。まず、正しい実験操作を完ぺきにできるようになって、はじめて、失敗したときの次の一手を考えられるのです。ですから、失敗した時の次の一手は、先輩が考え、教えてあげる必要があります。

【学部3年生の学生実験は、『実験ワークショップ』として捉えよう】

有機研では、B3の学生実験を、『実験ワークショップ』として捉え、学生実験を担当するB4はB4なりに、そしてM1はM1なりに、自分の実験研究の段階を確認し、自分なりの課題クリアに向けて挑戦するための機会と考えています。学生実験を担当する諸君が、どのように学生実験に臨めば良いかについては、「学生実験担当者は、実験操作をただ見せるのではなくて、詳細に説明しよう。」に少し細かく書いておきました。一度読んで確認しておいてください。

また、B3で、実験の楽しみ方が良くわからない学生に対して、TAとして参加する先輩は、「どうなると思う?」とか、「なんでだと思う?」という問いかけをしてあげることで、実験の楽しみ方を教えて上げて下さい。ワクワクするコツは、自分で考え、予想することです。

自分自身がちゃんとできているかを確認しつつ、第二段階をクリアできていなければ、第二段階をクリアするチャンス、第三段階をクリアできていなければ、第三段階をクリアするチャンスとして、学生実験を利用してください。B3の失敗に対応することで、第三段階がクリアできていることを確認できれば、自信を持って、第四段階へと進むことができるでしょう。同じ実験を、異なる段階の視点に立って経験することは、先輩のみなさんにとっても貴重な機会となります。

一方、B3のみなさんは、実験を楽しむコツを習得することが一番大切ですが、それに留まらず、第二段階へと挑戦する心を持って下されば、素晴らしいと思います。

【後輩は、研究の喜びを分かち合える仲間になる】

大学院を修了した諸君は、少なくても、独り立ちした研究開発者としての最低限の力量が求められることと思います。修士修了生であれば、第四段階(与えられたプロジェクトを全うする)をクリアするだけの力量があるにこしたことはありません。

しかし、将来、独り立ちしないといけないんだからといって、今すぐ、一人でなんでもできる必要はありません。誰もがはじめは未熟であり、一人では何もできなくて当然です。

もし、あなたが先輩なら、後輩が、一人で上手くできず困っていたら、「一人でできるようになる必要があるのだから、自分でなんとかしなさい」と言うのではなくて、その後輩の力量がどの段階にあるかを確認し、とうてい無理なことは、代わりに補って上げたうえで、ギリギリできてないところを、一度一緒にしてあげるのが最も効果的かと思います。

「一人で頑張れ!」と言って出来る子は良いが、できない子が、才能や素質と関係ないところで、実験科学を諦めてしまうとしたら、それは、あまりにもったいないことです。

最初の話に戻りますが、
作業と研究は違います。
自分の好奇心に導かれ、自分自身で作業仮説を立て、実験・観察・考察によって前に進んでいく研究は、とても主体的かつ個人的なものなのですが、一人で研究しているよりも、研究室で研究している方が楽しいことは間違いありません。それは、研究室の仲間と一緒に、研究の夢を語ったり、新しい知識や発見を得たりすることで、より大きな喜びを得ることができるからです。後輩は、同じ高揚感を味わい、喜びを分かち合える仲間になるのですから、みんなで協力しあって、後輩が一つ一つ階段を登って行くことができるようにサポートしてあげることが大切です。向上心があれば、今、できるできないは関係ないのです。将来、できるようになれば何の問題もありません。

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まず楽しもう。
そして、もっと楽しくするにはどうしたら良いか工夫しよう。
研究を楽しみ尽くす。
大学・大学院で、その経験をして社会に出たみなさんは、
きっと、大きな仕事をしてくださると信じています。

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